「子ども同士で遊び合い、学び合う環境を」

被災から早一ヶ月。こども園01歳児、つながりの保育環境が元通りとなり、少し安堵しているところです。

 この度の大雨被害はおへそにたくさん学びを与えてくれました。大変な状況の中で、職員と子どもたちが楽しみながら練習を行い、スポーツフェスタも盛大に終えることができました。様々な面でご協力、ご理解いただきました保護者様には心より感謝申し上げます。

 さて、園生活(学童含む)の中で、子どもたちはたくさんのことを学んでいるのですが、特に学んでいるなと感じる場面は、先生→子どもたちの時よりも、「子ども → ← 子ども」つまり、子ども同士で遊んでいる時です。意見が食い違って言い合ったり、せっかく作ったブロックを壊されたり、子どもたちの中だけのゲームのルールがあったり、大人が提供できない学びを、子ども同士であれば学べることがたくさんあります。

 大人や先生たちは、子どもが作ったブロックを壊したりすることはありませんし、ゲームのルールにおいても平等性やみんなが理解しやすいものを選んだりします。しかし、子どもたち同士ではそうはいきません。ある意味残酷な部分もあります。喧嘩もするし、仲間はずれもあるし、物を壊されたりすることだってあります。大人や先生が配慮することでは、感じないことを子ども同士ではたくさん感じることができます。そのようなことから、子どもたちは社会を学び、課題を乗り越える力を得ていきます。授業中や大人が整備してくれるわけではない、学校の帰り道や放課後などで人間関係を学んだり、社会性を学んだりしています。それが生きる力にそのままつながっていったりします。

 児童精神科医 佐々木正美先生は「授業からの落ちこぼれは、社会人としての落ちこぼれには直結しない。勉強ができなくて、健全な社会人になれないということはない。ところが、休み時間の落ちこぼれは深刻である。社会人としての落ちこぼれに直結する。」と言われています。

 発達心理学者エリクソンは、学童期には友達同士で学び合い、遊び合うことがとても重要で、学童期に必要な「勤勉性」を身につけられるとも説きました。よく遊ぶ子は、よく学ぶ子に育ちます。

 吉田松陰は、「志さえ、立たせることができれば、人生そのものが学問に変わり、あとは生徒が勝手に学んでくれる」と言いました。よく遊ぶことで、自分は何に興味があるのか、どんなことを楽しいと感じ、どんなことを幸せと感じ、どんなことに能力があり、才能があり、友達よりどんなことが劣っていて、優れているのか、自分という人間をよく知ることができます。

 自分自身が成すべきこと、やりたいことが見つかれば、松陰が言うように後から、学問、知識はついてくるものだと私も信じています。「親」という漢字は、「木」に「立って」「見る」という作りになっています。大人が少し離れたところから、一歩引いて、子どもを見守り、子どもの自立を促していくことも大切なことですね。

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